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さいたまアートアクション展

さいたま国際芸術祭 2020のプレ展覧会となる「 さいたまアートアクション展 」に参加させて頂きます. 写真は会場の下見の様子です. 現在は閉館してしまった大宮図書館を一部リフォームし, 色鮮やかでウキウキしてしまいそうな内装になっています.
会場は旧大宮図書館になります. 過去の作品から新作である「とんちゃんまぁち」のムービーを上映します. お近くにお越しの際はぜひお立ち寄りください.

2020年1月25日(土)~3月16日(月)
水・金・土・日曜日OPEN (日曜日変動あり)

さいたま国際芸術祭 2020
https://art-sightama.jp/

母が残した手の記憶

母が残した手の記憶

実家には後から後からいくら片付けても亡き母の物が出てきます. 

人間は2 回, 死ぬと聞きました. 

1 回目は体が滅びる時. 2 回目は, 亡くなった人の周りに居た人達がその人を思い出しては泣いたり, 思い出話を語ったりしますが, それがやがて無くなる時です. やがて無くなる時は何世代もの孫, ひ孫達が祖先を語っていくのですから, 2回目で亡くなることは無いのかなとも思うので, その魂は亡くなる事は無いのでしょう. これはさておき. 

父が倉庫を片付けているとまだまだ出てくる母の物. 私は人間は2回死ぬ, という話を聞いた時, もしかして, 母からの何かのサインなのかな, って思ったりします. 私の事, まだまだ忘れないでよ, ここに居るんだよって. お母さん, 私達は貴方のこと忘れられませんよ. 毎朝, 仏壇にお線香を1本をたててそうに語っています. 

その倉庫から出てきたのは, 母が残した手の記憶でした. 父は言いました,「何だこれは?使えそうだけど,,, 俺は使えないなー, お前が何かで使え!」っとどさっと渡されました. いちおう, 自分の住まいに持ち帰って開かずにそのままにしていたのですが. ある日, 何気なくその箱を開け, 中身をよく見ました. 父は小物の手作りとかしない大ざっぱな(?)人だから気が付いていなかったのですが, 箱に入っていたのは, 数百枚の和紙に水彩絵具で紋様を染めた母のお手製の千切り絵用の和紙素材でした. 私も一瞬見て箱を閉めてしまったので気がついていなかったのですが(実は). 驚きと共にえらい!とひとりで感動していました. 

亡き母が残した痕跡はこれから生産されることは無く, とても大事な貴重な物です. でもやっぱり, 大事な物だと言ってこれをこのまま箱に保管をしておく方がもったいない様な大事にしない様な気さえしました. 今, 私が母へ出来る事は, 母の記憶を忘れないためにも母が残した物で作品を再構成することだと思います.

まだ先ですが2020年6月に名古屋ですが, GalleryAPA様で個展をさせて頂きます. 今はちょっとづつちょっとづつ慌てない様に自身の精神と語りながら制作をしています. この作品がスポットライトを当てられます様に.

さいたま国際芸術祭2020 先行イベント

2020年3月に開催するさいたま国際芸術祭2020に向けた先行プロジェクトとして、さいたまアートセンタープロジェクトを実施中です. 来年1月から先行イベントとして参加させて頂きます. さまざまなワークショップが開始しますのでお近くにお立ち寄りの際は足をお運びください.

さいたま国際芸術祭2020
https://art-sightama.jp/
                                開催:2020年3月14日(土)-5月17日(日)[予定]

さいたまを、芸術と生活がひとつとなる「アート・サイト」に。
さいたま国際芸術祭2020は、生活都市さいたまを舞台に開催される芸術の祭典です。
さいたまトリエンナーレ2016から2回目となるさいたま国際芸術祭2020では、既存のジャンルに捉われない領域横断的な作品とプロジェクトを国内外のアーティストと共に展開していきます。
多様な感性が交わり生まれる市民参加の「ART Sightama」としてさいたま国際芸術祭2020を開催します。

作った作品をプレゼントする?

自分で制作した作品をサプライズでプレゼントすることはあまりオススメしません. その人のお誕生日や特別な日に自分で作ったものをプレゼントしたらとても愛を感じるし良かれと思っているかもしれません. はたから見るととても美談ですね. しかしながら, もらった当の本人としては(とても気に入ればそれはそれで大成功ですが奇跡に近いような…)自分で選んだ物でなくて一方的に渡された物で趣味が違うと思うし. やはり, 作品は欲しい人がどうしても欲しいからお金を払って購入する訳で. その方が半永久的に大事にしてくれます. お金の話をすると汚く感じますが, ある程度の作品の価値は一般的にわかりやすい金額で決まってきます. 芸術作品というのはグレーな部分が多いです. 金額を作家の言い値で決めたり, 作品の領域によって価値観が大幅に違うなどあるからです. 例えば, 工芸作品の象嵌のように完成度をあげなくてはならない場合と現代アートで見られる未完成のドローイング作品が認められていたりなど, 両者は比較できません. このためグレーな判断となってきます. ここでわかりやすい判断材料として金額を付けるのが妥当でしょう. お金をはたいて購入してくれた人は, あの時 , これは〇〇円で買った作品だ, 無下にはできない, と常にどこかでその作品に対して想ってくれます. 私も何点か芸術作品を購入したことはあります. それは安かろうが少々高かろうが, 大事にしようとする想いは一緒です.

なぜ, いきなり, こんなことを!言うのかというと 今, ふと, 親戚のおばさまへビエンナーレに出品した作品(上画像)を一方的に送ったら, キレられた, という思ひ出をぽろぽろと思い出したからです. いつも展覧会には足しげく来てくれていて, 応援しているよって1万円を包んでくれていて… 私の方からお礼の言葉はもちろん伝えていたのですが, 一度も作品を進呈していないなーと一方的に思い込みはじめた, というのがいきさつです. そのおばさまの意見としては部屋が狭いから作品など置く場所なんて無いのよ, ということでした. 絵だったら良かったかも. もう5年前の話で, そのおばさまも天国へ行かれました. 振り返るとまた違った美談にも見えますが.

それから, 知人の方へ結婚お祝いで個展に出品した作品(下画像)を進呈したことがあります. それはそれで勝手に売り出されていた!という経験もございます. これもかれこれ7年前のお話です.

なんやかんや, 経験を通して思ったことでした.
みんながみんな, すべてがすべて, そうではないので, あくまでも私の見解です.